人は呼吸運動により肺胞に酸素を取り入れ、二酸化炭素を排出します。肺は胸膜に包まれ、胸かく内の胸膜腔内に存在します。肺は自分で伸びる力はありません。胸郭を形成する肋骨と横隔膜の伸縮運動により肺は膨らみます。
安静時の呼吸と大きい呼吸とでは関与する筋肉が異なります。
安静時の呼吸運動について解説します。安静時に呼吸に関与する筋肉は、外肋間筋と横隔膜であります。(肋間筋には外肋間筋と内肋間筋があり、全ての肋間を埋めています。)息を吸うとき、すなわち吸気には外肋間筋と横隔膜が同時に収縮し、胸郭を拡げて、胸腔内を陰圧にして肺を膨らませます。息を吐く時は、これらの筋肉が収縮を止めて、弛緩します。肺は膨らんだゴム風船のように自分で収縮する性質をもともと持っています。従って、胸郭を拡げる筋肉が弛緩すると、肺は自らの縮む力で収縮して、息を吐き出します。すなわち安静時呼吸では呼気時に働く筋肉はありません。
安静時呼吸における肋骨の動きについて説明します。外肋間筋が収縮をするとどうして胸郭が拡がるのでしょう。外肋間筋は全ての肋骨の間を埋めていますが、ビデオでは一部しか描いてありません。肋骨は背部で胸椎と関節で付着し、斜め前下方に向かいます。外肋間筋が収縮すると肋骨は胸椎との関節を支点として、全体が前上方に持ち挙げられて、胸郭の前後径が大きく拡がるとともに、横径も軽度に拡がります。その結果胸郭の容積は大きくなります。外肋間筋の内側には内肋間筋という筋肉がありますがこれは安静時呼吸には関与しません。(これは胸式呼吸と言われるものです。この仕組みは良くバケツの柄を持ち上げる動きに例えられます。バケツの柄を持ち上げると上から見て柄が占める面積が大きくなるのと同じく、肋骨を持ち上げると胸郭の横断面積は大きくなります。)
安静時呼吸における横隔膜の動きを説明します。横隔膜が収縮をするとなぜ胸郭が拡がるのでしょう。横隔膜は筋肉の膜で頭がわを頂点とするドーム型をした筋肉で、ドームの周囲は胸壁に固定されていますので、横隔膜の筋肉が収縮するとドームの頂点は下がり、全体的に平坦化します。その結果、胸郭が拡がりますので胸腔内は陰圧となり、肺が膨らみます。(この時、腹圧が上がるので、お腹が膨らみます。これは腹式呼吸と言われます。)息を吐く時には肋間筋とともに横隔膜も弛緩して、肺は自分がもつ収縮力で収縮しつつゆっくりと肺内ガスを吐き出し、胸郭はそれに伴い元の大きさに戻ります。横隔膜の働きは外肋間筋の働きより大きく、安静時呼吸の70-80%を担っています。
深呼吸や努力呼吸など大きい呼吸での呼吸運動について解説します。大きい呼吸では、外肋間筋と横隔膜が最大限に働くとともに、呼吸補助筋と呼ばれる複数の筋肉が働いて呼吸を手助けします。外肋間筋の働きを補助する呼吸補助筋には、斜角筋、胸鎖乳突筋、肋骨挙筋、大胸筋、小胸筋、などがあり、これが吸気時に収縮して肋骨をもちあげる働きを補助します。また、脊柱起立筋群により脊柱を後方に反らせると、肋骨の挙上を助けます。呼気時の呼吸補助筋としては内肋間筋と腹筋があります。腹筋の働きは内肋間筋に比べて非常に重要であります。
呼吸法は一般によく胸式呼吸と腹式呼吸に分けられます。大きい呼吸法のひとつである胸式深呼吸を例に胸式呼吸を説明します。胸式呼吸は肋骨の動きを主体とする呼吸法で、吸気時に働く筋肉は外肋間筋と吸気補助筋、呼気に働く筋肉は内肋間筋であります。吸気時には外肋間筋と複数の吸気補助筋が強く収縮して、肋骨を大きく前上方に引き上げ、吸気を助けます。呼気時には内肋間筋が収縮して胸郭を縮めて、呼気を助けます。
腹式深呼吸を例に腹式呼吸を説明します。腹式呼吸で働く筋肉は、吸気で働く横隔膜と、呼気時に働く腹筋です。吸気では横隔膜が強く収縮して胸郭を縦方向に大きく拡げます。そのとき、腹圧が上昇しますのでお腹が膨らみます。呼気時には横隔膜は弛緩し、腹筋が収縮してお腹をへこませ、腹圧を上げて横隔膜を強く押し上げ、呼気を助けます。(その結果、胸腔内圧が上がり息が吐き出されます。大きな呼吸では呼気時に腹筋がおおきな役割を果たす点が安静時呼吸と異なります。)
胸式呼吸と腹式呼吸の両方を使う呼吸法を示します。吸気時に収縮する筋肉は外肋間筋、吸気補助筋、横隔膜であります。呼気時に働く筋肉は内肋間筋と腹筋ですが、腹筋の働きが大であります。
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