有声開始時間(VOT: voice onset time)

閉鎖音において有声か無声かを議論する場合、子音の区間で声帯振動が伴っているかどうかを見極めるには少々注意が必要になります。それは閉鎖音が複雑な作 られ方をすることに由来すると言ってよいでしょう。閉鎖区間や破裂の解放に伴うバーストの過渡的な音の区間において、仮に声帯振動が伴っていなくともその 直後から声帯振動が始まったとき、その音を有声閉鎖音として識別する言語も多くあります。Lisker & Abramsonは、閉鎖の解放によるバーストから声帯振動が始まるまでの時間に着目しました。これが、有声開始時間(voice onset time、以下VOT)です(下図参照)。有声閉鎖子音ではこのVOTが短く、無声閉鎖子音ではVOTが長くなる傾向があります。英語の場合、有声音の場 合にVOTは約-20 msから20 msの範囲に、無声音の場合は約25 msから100 msの範囲に分布します。

それでは、VOTを変化させた際の聞こえの違いを、以下のデモンストレーションでみてみることにしましょう。

このデモンストレーションでは、上図のようにフォルマント合成器を使ってフォルマント周波数を変化させてCV(子音・母音)音節を合成しています。このと き、閉鎖子音の破裂に伴うバーストは合成していません。変化させているパラメータはVOTだけです。VOTが短いと有声閉鎖音に、長いと無声閉鎖音に聞こ えます。

合成に関する各パラメータは次の通りです:

  • 後続母音・・・ /a/(F1は700 Hz、F2は1200 Hz)
  • 母音遷移部・・・ F1とF2のみ変化させた
  • F1の遷移開始周波数・・・ 395 Hzで一定
  • F1の遷移時間・・・ 25 msで一定
  • F2の遷移開始周波数・・・1600 Hzで一定
  • F2の遷移時間・・・ 55 msで一定
  • VOTの変化・・・ -10 ms から +90 ms まで 10 ms 刻みで変化
  • 基本周波数・・・ 最低125Hz から 最大135Hz の間で山なりに変化
VOT -10 ms 0 ms +10 ms +20 ms +30 ms +40 ms +50 ms +60 ms +70 ms +80 ms
Sound
  1. Lisker, L. and Abramson, A., “Some effects of context on voice onset time in English stops,” Language and Speech, 10, 1-28, 1967.
  2. Kent, R. D. and Read, C., Acoustic Analysis of Speech, Singular Publishing, San Diego, CA, 2001. (荒井隆行, 菅原勉 監訳, 音声の音響分析, 海文堂, 1996.)
  3. Ryalls, J., A Basic Introduction to Speech Perception, Singular Publishing, San Diego, CA, 1996. (今富摂子, 荒井隆行, 菅原勉 監訳, 音声知覚の基礎, 海文堂, 2003.)