歯擦音 (/sa/ vs. /sha/)

英語母語話者は摩擦音/s/と/sh/の知覚において、成人は主として摩擦のスペクトル形状に基づいて判断するのに対して、小児は摩擦のスペクトル形状よりもフォルマント遷移に注目して判断ており、さらに小児は加齢に伴って摩擦のスペクトル形状に基づいて判断するようになることが報告されています(Nittrouer et al., 1987; etc)。

日本語母語話者の成人を対象として、自然音声/sa/と/sha/の子音部分に対する重み付き加算による連続体と、遷移部分のフォルマント周波数を変化させた合成母音/a/の連続体を組み合わせた刺激音を聴取させ、/sa/か/sha/かを同定させたところ、参加者の多くはフォルマント遷移よりも摩擦のスペクトル形状に基づいて判断している傾向が認められました。 (平井ら, 2005, 2006)

刺激音は、まず子音部$C$と母音部$V$に分けてそれぞれを9種類ずつ合成し、それらを組み合わせて81種類を作成しました。子音部$C$の摩擦音については、実際の音声を基に作成しました。また母音部$V$については,Klatt(1984)によるフォルマント合成ソフトウェアXKLを用いて合成しました。

子音部については、/sh/から/s/にかけて9段階に連続的に変化する連続体$C_{1}, C_{2}, \cdots, C_{9}$を作成するため、以下のように/sh/と/s/に対して波形レベルでの重み付き加算を行いました:
$$C_{i}= (9-i)/8 *(/S/の波形)+ (i-1)/8 *(/s/の波形)$$
ここで、$i = 1, 2, \cdots, 9$でです。すなわち、$C_{1}$は/sh/そのものであり、$C_{9}$は/s/そ の ものです。また、子音部$C_{i}$の持続時間ははすべて100 msです。下の図に$C_{1}, C_{2}, \cdots , C_{9}$のスペクトル包絡の概略を示します。 この図を見るとわかるように、/sh/の$C_{1}$から/s/の$C_{9}$までスペクトルが連続的に変化します。(ただし,この図ではわかり易いように各線を少しずつプロットしながら示しています)。

母音部Vについては/a/に固定し、母音の冒頭にフォルマント遷移を付加することによって先行子音の知覚を与えることにしました。 そして、先行子音が/S/の場合のフォルマント遷移から、先行子音が/s/の場合のフォルマント遷移までを9段階に連続的に変化する連続体 $V_{1}, V_{2}, \cdots, V_{9}$を作成しました。そのフォルマント遷移に関する周波数 は,Nittrouer (2002)の数値を用いました。

/a/の第1フォルマント(F1)は,開始周波数の450 Hzから50 msで定常状態の650 Hzに達するものとしました。 $V_{1}$から$V_{9}$に渡ってF1曲線は同一のものを用いました。第2フォルマント(F2)の開始周波数は1570 Hzから40 Hzステップで1250 Hz まで9段階として、開始周波数から100 msで定常状態である1130 Hzに達するものとしました。 第3フォルマント(F3)の開始周波数は2000 Hzから58 Hzステップで2464 Hzまで9段階として、開始周波数から100 msで定常状態である2300 Hzに達するものとしました。

これらにより81種類の単音節$C_{i}V_{j}$が作成されました。$C_{1}V_{1}$が最も/sha/らしい刺激音,$C_{9}V_{9}$が 最も/sa/らしい刺激音です。

V9 C1V9 C2V9 C3V9 C4V9 C5V9 C6V9 C7V9 C8V9 C9V9
V8 C1V8 C2V8 C3V8 C4V8 C5V8 C6V8 C7V8 C8V8 C9V8
V7 C1V7 C2V7 C3V7 C4V7 C5V7 C6V7 C7V7 C8V7 C9V7
V6 C1V6 C2V6 C3V6 C4V6 C5V6 C6V6 C7V6 C8V6 C9V6
V5 C1V5 C2V5 C3V5 C4V5 C5V5 C6V5 C7V5 C8V5 C9V5
V4 C1V4 C2V4 C3V4 C4V4 C5V4 C6V4 C7V4 C8V4 C9V4
V3 C1V3 C2V3 C3V3 C4V3 C5V3 C6V3 C7V3 C8V3 C9V3
V2 C1V2 C2V2 C3V2 C4V2 C5V2 C6V2 C7V2 C8V2 C9V2
V1 C1V1 C2V1 C3V1 C4V1 C5V1 C6V1 C7V1 C8V1 C9V1
C1 C2 C3 C4 C5 C6 C7 C8 C9
  1. D. H. Klatt, The new MIT speech VAX computer facility, Speech Communication Group Working Papers IV, Research Laboratory of Electronics, MIT, Cambridge, pp.73-82, 1984.
  2. S. Nittrouer, Learning to perceive speech: how fricative perception changes, and how it stays the same, J. Acoust. Soc. Am., vol.112, no.2, pp. 711-719, 2002.
  3. S. Nittrouer and M. Studdert-Kennedy, The role of coarticulatory effects in the perception of fricatives by children and adults, J. Speech Hear. Res., vol. 30, no.3, pp.319-29, 1987.
  4. 平井沢子, 安啓一, 荒井隆行, 飯高京子, “日本語母語話者の摩擦音知覚における音響的手がかりについて,” 電子情報通信学会技術研究報告, 104(696):25–30, 2005.
  5. 平井沢子, 安啓一, 荒井隆行, 飯高京子, “日本語母語話者の摩擦音知覚の音響的手がかりについて,” 音声言語医学, 47, 75, 2006.