カテゴリー知覚

音声を用いた言語の獲得の際には、音声の獲得もほぼ同時に行われます。言語で用いられている音声は、「音声カテゴリー(phonetic category)」や「音素(音素カテゴリ-)(phoneme, phonemic category)」などと呼ばれ、そのようなカテゴリーを単位として、「日本語には~個の子音がある」、「英語には~個の母音がある」というように、言語の音声体系を記述する際に用いられます。

音声カテゴリーは一度獲得されると、聞き取りの面でも発話の面でも、“変更”が難しいのが事実です。それは、特に外国語学習の際には、“邪魔者”のようにも感じられる事と思います。例えば日本語を母語とする人にとっては、英語の/r/と/l/のどちらを聴いても同じ音(ラ行音)に聞こえてしまうなどの現象は有名です。(Best, 1991; Tomaru et al., 2016, 2017など)。

そのように一度固定するとなかなか変更が難しい音声カテゴリーですが、では、その人の中で音声カテゴリーが形成されている、という事は、実験的に観察できるのでしょうか。ここでは、カテゴリー知覚(categorical perception)(Liberman et al., 1957) という現象から紹介します。例えば、ある音声カテゴリー(e.g. /ba/)から、別の音声カテゴリー(e.g. /da/)へと音響的な特徴が徐々に変化していくような音声の連なり(連続体)が、刺激1~刺激10まであったとします。それを日本語母語話者に聴かせると、前半の数個(例えば刺激1~5)を/ba/である、後半の数個(例えば刺激7~10)を/da/である、と知覚します。そして、中央付近の音声(ここでは刺激6)を境に、その判断は急激に反転します(図1参照)。このように、物理的には少しずつ異なっている刺激にもかかわらず、ある一定の変化まではそれをひとくくりに「/ba/である」、「/da/である」と知覚し、それが音声の識別判断と弁別判断に影響を及ぼす事をカテゴリー知覚と言います。また、識別の判断が50%に割れる点をカテゴリー境界(category boundary, categorical boundary)と呼びます。

カテゴリー知覚が見られる際の識別判断の様子ををグラフにすると、図1のようになります。カテゴリー境界を挟んでS字カーブを描きます。弁別判断への影響は図2から分かります。カテゴリー知覚の弁別への影響としては、極端に言うと、「同じ音声カテゴリー内の刺激音同士を比較しても違いが分からない」が、「異なる音声カテゴリー内の刺激音同士を比較すると違いが明確になる」という点が特徴的です。上記の連続体の例で言うと、刺激1と刺激3、あるいは刺激8と刺激10を聞き比べても、両者の違いが分からないが、カテゴリー境界をまたぐようにして、刺激5と刺激7を聞き比べると、違いが明確になる、という知覚傾向を示します。それを、弁別の正答率としてグラフに表すと(図2)、カテゴリー境界をまたいだ刺激同士の比較の際、最も正答率が高くなります。識別傾向も去ることながら、この弁別判断への影響が見られることが、カテゴリー知覚の有無を議論する際の重要な要素になります。

カテゴリー知覚は、主に母語の子音の知覚に見られ易いと言われています。ですので、例えば/r/と/l/を聴いた場合には、英語話者にはカテゴリー知覚が見られますが、日本語話者にはみられません。注意が必要なのは、「その言語の音声カテゴリーを獲得している≠(ノットイコール)必ずカテゴリー知覚が見られる」という事です。例えば、母音の場合には、母語であっても図1、図2のような傾向は観察されにくく(Eimas, 1963)、また、一般的な実験方法ではカテゴリー知覚が見られる音声でも、実験環境を変えるとその傾向が見られなくなることも報告されています (Tomaru and Arai, 2014, 2016)。その他、言語以外の音でも、カテゴリー知覚のような知覚傾向が見られる場合もあります。また、カテゴリー知覚の有無で、その人の母語、外国語の学習能力が必ずしも決まることはありません。

図1: 仮の(理想に近い)識別結果
図2: 仮の(理想に近い)弁別結果

/ba/-/da/連続体 は、[K310] で作成した連続体です。
/ra/-/la/連続体 は、[O300] で作成した連続体です。

連続体1 刺激 1 刺激 2 刺激 3 刺激 4 刺激 5 刺激 6 刺激 7 刺激 8 刺激 9
/ba/→/da/
連続体2 刺激 1 刺激 2 刺激 3 刺激 4 刺激 5 刺激 6 刺激 7 刺激 8 刺激 9
/ra/→/la/

<カテゴリー知覚の実験を体験してみよう!>

(1) 識別実験(Identification Task):

a. 連続体1
・/ba/・/da/のどちらに聞こえますか?

提示1 提示2 提示3

※答えはこちら

b. 連続体2
・/ra/・/la/のどちらに聞こえますか?

提示1 提示2 提示3

※答えはこちら

(2) AXB弁別実験(Discrimination Task):

a. 連続体1
・音声が3回流れます2回目と 同じ音声は、1回目・3回目のどちらでしょう?

提示1 提示2 提示3

※答えはこちら

b. 連続体2
・音声が3回流れます。2回目と 同じ音声は、1回目・3回目のどちらでしょう?

提示1 提示2 提示3

※答えはこちら

  1. Best, C. T, The emergence of native-language phonological influences in infants: a perceptual assimilation model, Haskins Laboratories Status Report on Speech Research, SR-107/108, 1-30, 1991.
  2. Eimas, P. D., The relation between identification and discrimination along speech and non-speech continua, Language and Speech, 206-217, 1963.
  3. Liberman, A. M., Harris, K. S., Hoffman, H. S., and Griffith, B. C., Journal of Experimental Psychology, 54 (5), 358-368, 1957.
  4. Tomaru, K., and Arai, T., Discrimination of /ra/-/la/ speech continuum by native speakers of English under nonisolated conditions, Acoustical Science and Technology, 251-259, 2014.
  5. Tomaru, K., and Arai, T., Role of labeling mediation in speech perception: Evidence from a voiced stop continuum perceived in different surrounding sound contexts, 303-314, 2016.
  6. Tomaru, K., Nakamura, T., and Arai, T., Perceptual vowel insertion to the pre-syllable positions of English /ra/ and /la/ syllables by native speakers of Japanese, Proceedings of the Spring Meeting of Acoustical Society of Japan, 441-444, 2016.
  7. Tomaru, K., Nakamura, T., and Arai, T., Perception of English /r/ and /l/ by native speakers of Japanese under the condition of onset lengthening, Proceedings of the Spring Meeting of Acoustical Society of Japan, 1483-1484, 2017.