1. Dr. Ben Gold
マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology, MIT)のLincoln研究所で、長い間ディジタル信号処理の研究に従事されてきたDr. Ben Goldが、2005年1月15日にご逝去されました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。彼はディジタル信号処理の産みの親で、1969年に世界初の専門書(Digital Processing of Signals)を出版しています。
彼はMIT Lincoln研究所を引退後、隔年でカリフォルニア大学Berkeley校にて音声信号処理に関する講義を担当されていました。私は1997年に、Berkeleyで彼の講義を聴講する機会に恵まれ、彼のオフィスが私の研究所(International Computer Science Institute , ICSI)と同じビルにあったことも幸いして、毎週のように個人的にミーティングをしていただきました。そのようなご縁で、Goldご夫妻とはそれからかなり親しくお付き合いをさせていただいております。
私のMITでの在外研究のきっかけを与えてくださったのも、Dr. Goldでした(MIT, Research Laboratory of ElectronicsにおいてProf. Kenneth N. Stevens率いるSpeech Communication Groupの客員研究員(Visiting Scientist)として研究活動)。2004年、MITを去る前にDr. Goldにお会いした際、それまであまり機会がなくきちんとお見せできていなかった私の声道模型[2001_06]を見ていただきました。すると「是非、私が来年行うBerkeleyの授業で学生に見せたい」とおっしゃってくださり、その後、可能性をいろいろと相談しました。ビデオを見せるという話も出ましたが、実際に私がBerkeleyに出向いて講義とデモをすることが一番良いだろうということになり、Berkley訪問をDr. Goldにお約束したのです。そして細かい調整を進めていた私に、1月、突然の訃報が届きました。
2. 3月にアメリカ訪問
期せずして、Berkeleyでの授業はDr. Goldとの最後の約束となってしまいました。約束を果たすため、私は2005年3月にカリフォルニア大学Berkeley校(UC Berkeley)を訪問し、一緒に講義を担当される予定だったDr. Nelson Morgan(UC Berkeley付属研究機関International Computer Science Institute所長)の授業 “Audio Signal Processing in Humans and Machines” において時間をいただき、声道模型を用いた講義とデモを行いました。
Berkeleyの訪問後、Bostonへ向かいました。BostonではGold夫人にお会いし、そしてMITを訪問しました。MITではSpeech Communication Groupを訪れ、Prof. Stevensや他のメンバーと研究の打ち合わせなどを行いました。Prof. Stevensは私の訪問をとても歓迎してくださり、彼の講義でも私のための時間を作ってくださいました。そこで、再び声道模型を用いた講義とデモを行いました。またGroupによる歓迎のランチも開いてくださいました。
MITのCSAIL(Computer Science and Artificial Intelligence Laboratory)にいらっしゃる高橋さんの研究室も訪問しました。そこでは、以下の7.10で述べる研究のため、荒井研とMITとの間をテレビ会議で接続する実験を行いました。高橋さんは荒井研を2月18日に訪問されていたので、とてもスムーズに話が進みました。
3. 学会活動ならびに賞
3.1 日本音響学会小特集
千葉工大の大川先生と連携して「音声学・音韻論の過去・現在・未来」という小特集を企画し、6名の方々による解説論文を集めました。その6名は、Prof. Kenneth N. Stevens(MIT)、Prof. John J. Ohala(UC Berkeley)、杉藤美代子先生、前川喜久雄先生、窪薗晴夫先生、久野眞先生。そのうち、Prof. Stevensの解説は、原文が日本音響学会英文誌Acoustical Science and Technologyに掲載され、私が翻訳したものが和文誌に掲載されました[2005_04]。
3.2 音声・聴覚研究会
3月3日と4日の2日間、私が世話役となり上智大学が会場で音声研究会と聴覚研究会の共催による音声・聴覚研究会が開催されました。全体で21件の発表があり、そのうち荒井研関係では5件の発表がありました。上智大学で音声研究が行われている研究室3箇所を巡る見学ツアーも行いました。
3.3 日本音声学会音声学セミナー
3月26日に日本音声学会主催で、音響音声学をテーマにチュートリアル的な内容のセミナーが上智大学で開催され、私が講師を務めました。聞きに来てくださった方々はおおよそ170名、学会の会員と非会員がほぼ半分ずつでした。MITで行われているProf. Stevensの講義も参考にさせていただきながら、現在、執筆中の教科書の内容も一部に取り入れました。デモを最大限に活用した講義をしましたが、3時間という時間があっという間に過ぎました。好評につき、当日来られなかった方々のために、講義のビデオがDVDとして販売されることになりました。
詳しくは:
Acoustic_Phonetics_DVD.pdf
3.4 日本音響学会サマーセミナー
夏に白馬で行われたサマーセミナーに講師として参加し、音声の基礎を担当しました。また、ミニアクティビティーとして、紙粘土を使った声道模型の工作を参加者と一緒に行いました。荒井研の学生の中田有貴が、セミナー参加の感想を日本音響学会誌の報告の記事に書いています(日本音響学会誌、Vol. 61, No. 12, pp. 734-735, 2005)。
3.5 日本音声学会全国大会シンポジウム
「見て理解する音声学」をテーマとするシンポジウムの中で、シンポジストとして講演しました。私の講演題目は、「音声信号の可視化とその音声学的価値」。その中で、声道模型の有用性やDigital Pattern Playback [2005_26]などに触れました。
3.6 日本音響学会のポスター賞受賞
2005年春に行われた日本音響学会春季研究発表会で、私が発表したポスターが、同学会のポスター賞を受賞しました[2005_20]。その授賞式が、2005年の秋季研究発表会で行われました。
なお、この時の内容はAcoustical LetterとしてAcoustical Science and Technology誌に掲載されます(Acoustical Science and Technology, Vol. 27, No. 6, 2006)。
3.7 Interspeech
ポルトガルのリスボンで開催された音声コミュニケーションに関する国際会議“Interspeech”に参加しました。荒井研からは4つのポスター発表がありました(うち1つは私自身の発表、別の1つは音声学研究室との共同研究)。また今回は、Scientific Review Committeeとして査読にも関わりました。
3.9 日米音響学会ジョイントミーティング
2006年の11月から12月にかけてHawaiiで開催されるジョイントミーティングで、音響教育分野のプログラム委員に任命されました。私はアメリカ音響学会(ASA)音響教育委員会委員でもあり、また日本音響学会(ASJ)音響教育調査研究委員会委員長でもあります。2005年10月にミネアポリスで開催されたASA秋季研究発表会において、ASAの音響教育委員会にも出席し、日米の橋渡し役を始めました。
3.10 2006年に上智大学で開催される国際ワークショップ
2006年3月に上智大学で音声・聴覚研究会が2日間に渡って開催されます。そのうち、1日目は“International Workshop on Frontiers in Speech and Hearing Research”と称して国際ワークショップが開かれます。そのため、招待講演者を招いたり、ポスターセッションを設けたりなどの準備を始めています。
4. 声道模型を用いた音響教育
4.1 新しい声道模型
肺の模型をトルソーを用いて作りました。舌が動く頭部形状模型も作りました。また、筒型の声道模型を紙粘土で作れるように、中の鋳型を作りました(これは日本音響学会のサマーセミナーのミニアクティビティーで使用しました)。
4.2 声道模型のwebpageが公開
声道模型を紹介するwebpageが、母音生成の解説文とともに公開されました(日本語と英語の両方)。URLは、以下の通り:
http://www.splab.ee.sophia.ac.jp/Vocal_Tract_Model/
4.3 声道模型のデモンストレーション
2005年は声道模型のデモンストレーションを様々なところで行いました:
- MITのProf. Stevensの講義
- カリフォルニア大学Berkeley校の講義
- 日本音響学会サマーセミナー
- 日本音響学会春季研究発表会でのポスター発表
- アメリカ音響学会秋季研究発表会での一般講演
- 日本音声学会音声学セミナー
- 日本音声学会全国大会シンポジウム
- 私の大学院の講義「音声・音響・聴覚情報処理」
ここでももちろん、講義とデモを行いました。ちなみにこの講義の受講生は、上智大学大学院電気・電子工学専攻、機械工学専攻、言語学専攻など学際的な授業です。 - 上智大学全学共通科目「マルチメディア情報社会論」
デモを含めた講義を行いました。 - 理工学部共通講座「ヒトの生物科学」
デモを含めた講義を行いました。 - エリザベト音楽大学
上智大学公開学習センターの出張講座の一環として、姉妹校であるエリザベト音楽大学で音響学の話をし、声道模型のデモを行いました。
- 横浜共立学園高等学校
体験授業にて、講義とデモを行いました。
- 上智大学のオープンキャンパス
上智大学のオープンキャンパスにおける体験授業の様子
- 多摩リハビリテーション学院
音響学IIの集中講義の中でデモを行いました。
4.4 テレビ出演
2005年1月15日に放映されたNHKの子供向け科学番組「科学大好き土よう塾」に出演し、母音のしくみについて簡単な説明とデモを行いました。
4.5 小学生向け教材
我々が作った肺の模型の写真が、進学教室サピックス小学部の教材に採用されました。
5. 国際共同研究ならびに国内共同研究
5.1 MIT
在外研究中に行ったProf. Stevensとの研究に関して、2005年の日本音響学会春季研究発表会ならびに国際会議Interspeechにてその成果を報告しました[2005_06]。また、Speech Communication Groupのメンバー、Yoko Saikachiさんが荒井研を訪問されました。
5.2 National Center for Rehabilitative Auditory Research (NCRAR)
荒井研卒業生Akiko KusumotoがNCRARにいたときに、修士論文の内容をベースに書いた論文がSpeech Communication誌に掲載されました[2005_01]。
5.3 Norwegian University of Science and Technology (NTNU)
荒井研の学生、程島奈緒がNTNUに1年間研究留学、2005年夏に帰国しました。昔から研究の上でも親しくさせていただいているProf. Peter SvenssonとProf. Dawn Behneのもとに留学していましたが、引き続き荒井研との共同研究を進めています。
5.4 石川工業高等専門学校
字幕プロジェクト(第6.2節参照)に関して、金寺登先生と共同研究を進めました。その成果は[2005_25]に。
6. 産学連携
6.1 NTTアドバンステクノロジ株式会社(NTT-AT)
荒井研が技術提供した声道模型教材VTM-10は引き続き高い評価を受けていますが、欲しいと言ってくださる方がいる一方で在庫が少なくなったので、20セットが追加製造されることになりました。
声道模型教材VTM-10のホームページ:
http://www.ntt-at.co.jp/product/vtm10/
6.2 株式会社フジヤマ
2004年から株式会社フジヤマ(吉井順子社長)と共同プロジェクトが進んでいます。荒井研側のプロジェクトメンバーは、藤樫佑樹、古賀綾子、松浦杏子、陳暁馥。ディジタル動画における音声検出を利用した字幕制作に関して、2005年は暗騒音の少ない音声について音声区間の自動検出実験の結果を報告しました[2005_25]。
株式会社フジヤマのホームページ:
http://www.fujiyama1.com/
6.3 TOA株式会社
荒井研の拡声システムに埋め込む音声明瞭度改善のための前処理に関して、TOA株式会社と共同研究が進んでいます。特に、栗栖清浩さんには大変お世話になっています。荒井研側のプロジェクトメンバーは、程島奈緒、林奈帆子、宮内裕介、村上善昭、中田有貴、久保匡史。2005年の成果はこちらをご覧ください[2005_07, 2005_24, 2005_30]。
TOA株式会社のホームページ:
http://www.toa.co.jp/
6.4 日本テキサス・インスツルメンツ株式会社
ユニバーシティープログラムの始まりと共に上智大学はお世話になっており、電気・電子工学科の電気工学実験ⅣではDSK(DSPスターター・キット)を長年使わせていただいておりました。そのDSKについて2005年夏、最新のものを寄贈していただき、実験内容も一新しました。また、DSPS教育者会議では荒井研の後藤崇公が発表[2005_33]。また彼はインターンシップにも参加し、名誉ある奨学金もいただきました。
日本テキサス・インスツルメンツ株式会社のホームページ:
http://www.tij.co.jp/
7. 学内における文理融合・共同研究
7.1 科学研究費補助金(基盤研究A, 16203041)
外国語学部菅原勉先生が研究代表者で、同学部飯高京子先生、進藤美津子先生、平井沢子先生、東京工科大学メディア学部の飯田朱美先生他と共に申請した研究課題、「コミュニケーション障害者に対する支援システムの開発と臨床現場への適用に関する研究」も、2005年度で(4年の文理融合型プロジェクトの)2年目となりました。荒井研では引き続き、3本の柱の2本である「聴覚障害児者や老人性難聴者のための残響環境下における聞きやすい拡声処理と補聴器のための音声処理方式の開発と実用化への適用」と、「聴覚障害者の読話力と視覚情報および聴覚情報の関連性の調査」に関して、聴覚障害者や高齢者を対象とした実験など様々な研究を進めました[2005_01, 2005_02, 2005_03, 2005_07, 2005_09, 2005_11, 2005_13, 2005_14, 2005_18, 2005_20, 2005_22, 2005_23, 2005_24, 2005_26, 2005_28, 2005_29, 2005_30]。また、もう1つの柱である「コミュニケーション障害者に対するコミュニケーション支援システムの開発と臨床への応用」では、荒井研の加島慎平が音声収録に同行しました。
7.2 科学研究費補助金(基盤研究B, 14310132)
外国語学部飯高京子先生が研究代表者で、同学部菅原勉先生、笠島準一先生他と共に進めている「文字言語習得につまずく子どもの鑑別診断と指導プログラム開発の基礎的・臨床的研究」は、2005年度でプロジェクトが終了しました。
7.3 科学研究費補助金(基盤研究C, 15530629)
外国語学部平井沢子先生が研究代表者で、同学部飯高京子先生と共に進めている「発達性音韻障害児の音韻情報処理能力の解析と言語学習指導のためのプログラムの開発」も、2005年度でプロジェクトが終了しました。研究成果の一部はこちらをご覧ください[2005_16]。2006年度より3年の予定で、「音韻障害児の音韻情報処理特徴の解明と学習支援方法の開発および実用化の研究」というテーマのプロジェクトが引き続き始まりました。
7.4 科学研究費補助金(基盤研究C, 17500603)
2005年度から私が研究代表者で、「音声科学における教材を目的とした人間の音声生成機構を模擬する声道模型の開発と改善」という2年のプロジェクトが始まりました。研究成果の一部はこちらをご覧ください[2005_06, 2005_10, 2005_20, 2005_25]。
7.5 オープン・リサーチ・センター整備事業
2002年度にスタートした機械工学科伊藤潔先生が代表者の「システムの設計プロセスの情報モデリングとその共有・再利用法など」に、2005年度から参加させていただくことになりました。2006年度が最終年度となります。
7.6 学内共同研究
外国語学部平井沢子先生が代表で、「発達性音韻障害児の言語発達特徴の解明と早期診断プログラムの開発および治療への応用」という学内共同研究が2003年度から進められておりましたが、2005年度でプロジェクトが終了しました。
7.7 外国語学研究科言語学専攻音声学研究室
音声学研究室が主催して2004年12月に上智で行われたSophia Symposiumが冊子になり、私の講演の内容が書かれた論文も掲載されました[2004_25]。菅原勉先生ならびに音声学研究室の皆さんとの共同研究も進みました[2005_08, 2005_15, 2005_21, 2005_27]。2005年12月には、音声学研究室の卒業生で、2005年3月まで荒井研の共同研究員だった小松雅彦先生の博士号の学位審査会が行われ、私が副査を務めました(論文題目は、“Acoustic Constituents of Prosodic Typology”)。
7.8 外国語学研究科言語学専攻言語障害研究センター
飯高京子先生、進藤美津子先生、平井沢子先生ならびに言語障害研究コースの皆さんとの共同研究も進んでおります。例えば、修士論文を一部指導した卒業生の方々が2005年に研究発表をされています[2005_12, 2005_17]。また、2005年度の修士論文に対して、私が2件ほど副査を務めました。
7.9 心理学科認知心理学研究室
道又爾先生ならびに認知心理学研究室の皆さんとの共同研究も進んでおります。特に2005年度の修士論文では、荒井研の奥田拓馬の副査を道又先生にお願いしました。
7.10 田村恭久先生(機械工学科情報システム講座)と共同研究
「インスタントメッセンジャーを利用した同期型eラーニング」に関して、荒井研の安啓一と共に実験ならびに論文執筆を共同で進めました。
8. 社会への貢献・研究助成・特許など
8.1 学会活動
8.1.1 日本音響学会
日本音響学会では音響教育調査研究委員会委員を2003年から務めさせていただいておりました。2005年からは委員長に就任し、委員会を取りまとめることになりました。また、2005年から編集委員会会誌部会、そして国際渉外委員会のそれぞれの委員を務めることになりました。
8.1.2 日本音声学会
評議員と企画委員を引き続き務めました。2005年は、3月に行った音声学セミナーでの私の講義のビデオをDVD化する作業も行いました(上記、3.3参照)。
8.2 研究助成
8.2.1 守谷育英会
2005年度より2年間の予定で研究助成に採択されました。
8.2.2 サウンド技術振興財団
2005年度の研究助成に採択されました。
8.3 著書の出版関係
8.3.1 翻訳本「音声・聴覚のための信号とシステム」
2005年3月5日に3版3刷が出版されました。
8.3.2 翻訳本「音入門」
2005年4月5日に2版2刷が出版されました。
8.3.3 翻訳本「音声知覚の基礎」
2005年1月15日に2版が出版されました。この「音声知覚の基礎」を中心に今まで翻訳した4冊に関して、県立広島大学の今泉先生に書いていただいた書評が日本音響学会誌に掲載されました(日本音響学会誌、Vol. 61, No. 7, p. 416, 2005)。
9. 荒井研内のニュース
9.1 ジャーナル論文
Speech Communication誌に投稿していた論文がついに出版されました(5.2参照[2005_01])。
9.2 嘱託助手
2005年度から荒井研卒業生の安啓一が嘱託助手になりました。
9.3 特別研究員
程島奈緒が日本学術振興会の特別研究員(DC2)に選ばれました。研究の一部は、ノルウェー科学技術大学(NTNU)にて行われました。
10. 学位論文題目
10.1 修士論文
後藤崇公
Development of Speech Processing Systems with a Digital Signal Processor
奥田拓馬
音声知覚における大脳半球左右差の検討
田所史礼
実環境下での定常部抑圧による実時間音声前処理に関する検討:
高齢者を対象とした実験を通じて
八田ゆかり
定常部抑圧処理による高齢者の音声明瞭度改善:
補聴器への応用を目指して